日本での油の歴史

日本には縄文時代にはごまやエゴマの栽培がされている記録があるそうです。
また、ハシバミの実から摂った油の記述が日本書紀に出てきます。
その後、大山崎離宮八幡宮の社司が初めて長木(ちょうぎ)という道具で荏胡麻油を絞り、
宮中をはじめ石清水八幡宮や離宮八幡宮の灯明油として献上したのが草種子油の始まりであるといわれています。
大化の改新(645年)の頃には、税金のかわりに油を納める制度がありました。
エゴマ油や麻子油などが現物税として朝廷に献上されたとか。
その後、菜種を利用した搾油も盛んになり、全国に油の製法が広まりました。

しかし、油が食用として使われるたのはもう少し先、
奈良時代の寺院での精進料理に、野菜ばかりでは脂肪分が不足ために
中国風をまねて、油で揚げた食物を摂取するようになったのが始まりと言われています。

中世以降には貴族たちなどの間に油を用いた料理が浸透していきましたが、
まだ油は貴重品だったため、一般に広まるのはまだまだ先のことでした。
安土桃山時代には、てんぷらが登場しましたが、これは主に豆腐類を油で揚げると言う料理でした。
この時代、油で揚げたものと言う意味で、南蛮料理という言葉が生まれました。
今でも『南蛮漬け』なんて言葉に名残が残っていますね。

江戸時代になり、ようやく長崎を通じて中国風料理が広がり、
油を用いた料理が庶民にも普及し始め、この頃、天ぷらも多く食べられるようになりました。

文明開花後の明治時代には、西洋文化と共に西洋の調理法が多く日本に流れ込み、
油を使った料理は庶民の食卓まで広まりました。
大正末期にはサラダ油が登場し、この頃からほぼ今の料理の形は整えられたようです。

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